理想の部屋のつくり方

理想は悲観調である

理想を描くということは悲しいことだ。それは、現実にはそうなっていないことを積極的に認めることだから。

今回の記事は、画面から目を離してふと自分の部屋を見まわした時に「ああ、汚いなあ」とつぶやいてしまった人に向けて書いている。脱ぎ捨てた服、二年前の領収書、床に積んである本、段ボールや紙袋には何が入っているかわからなくて、しまいには、いつ飲んだかよくわからないお茶のペットボトルが置いてあったり。

何を隠そう、つい一週間前くらいの筆者の部屋である。

「このままじゃダメだ」とさすがに思った。今置かれている状況を、未来にも置いてみて、そこで暮らしている自分を想像する。想像したくもない。こんな、鬱屈とした部屋で、塞ぎこんだ気持ちで過ごしたくはない。

そんなときに役に立つ本がある。有名すぎて紹介するまでもないのかもしれない。それは、「こんまり」こと、近藤麻理恵の『人生がときめく片づけの魔法』1だ。

「理想の暮らし」を考える

こんまり という透き通るようなきれいな女性が TV に出始めたのは、筆者が高校生くらいだったかと思う。SMAP の中居くんが MC をやっていた 金スマ で確かゲスト出演していたのだ。読者にももしかしたら、覚えている方がいらっしゃるのではないだろうか。

このときの記憶だと「ときめく」という言葉と、あとは、服を長方形に畳むことが強調して紹介されていたように思える。どちらかというと、理論的というよりかは、スピリチュアルな、そんな印象だった。

そういった「ときめき」とか、服の畳み方が注目されがちだが、それよりもまず、一番最初にやるべきことがあると こんまり は言う。

片づけをすることで、いったい何を手に入れたいのだと思いますか。つまり、片付けをする目的を考えること。モノを捨てはじめる前に、一度じっくり、片づけの目的を考えることに取り組んでみてください。これは「理想の暮らしを考える」とも言い換えられます。

『人生がときめく片づけの魔法』

つまり

  1. 理想の暮らしを考える
  2. モノを捨てる
  3. 収納する

の手順を踏んでいく。しかも、前のステップを必ず完了させて、けじめをつけて進めるべきだと こんまり は忠告する。片づけには正しい手順があり、その手順を踏まないとリバウンドしてしまうのだ。

この、「理想の暮らしを考える」ステップでは、実際に暮らしている映像が浮かんでくるように、具体的に理想の暮らしを妄想することが大事だ。本書の中の例だと、「乙女な生活」がしたい、という理想が出てくる。その具体的な一日は:

「たとえば、仕事から帰ってきたら、夜寝る前に・・・」
「床に何も置いていない、視界にモノが入らないホテルみたいなスッキリとしたお部屋で・・・」
「ピンクベージュのベッドカバーに、白いアンティーク調のランプがあって」
「お風呂上りに、アロマを焚いて」
「ピアノとかバイオリンとかのクラシック音楽をかけながら」
「ハーブティーを飲みながら、ヨガをして」
「ゆったりとした気持ちで、眠りにつきたいんです」

といった感じだ。

こうして理想的な暮らしをありありとイメージする。つまりは、理想的な一日の中で「この時間にはこういうことをしている」ということを書き出していくのだ。

しかし、このステップはこれでは終わらない。

次にするのは「なぜ、そんな暮らしがしたいのか」を考えること。自分の理想の暮らしのイメージメモを見返して、あらためて考えてみてください。なぜ、寝る前にアロマを焚いて過ごしたいのですか?なぜ、クラシック音楽をかけながら、ヨガをしたいのですか。・・・自分が出した答えについて、「なぜ」を最低三回、できれば五回は、繰り返してください。

『人生がときめく片づけの魔法』

このような「なぜ」を深くしていくと、答えは究極的なものになっていく。プールに深く潜って底に手がつく瞬間、単純な答えが出てくるのだ。

結局、モノを捨てることも、モノを持つことも、「自分が幸せになるため」にすることなのです。とってもあたりまえのことのようですが、このことを今一度、自分で考えて納得して、腹にストンと落ちるようにすることが大切です。

『人生がときめく片づけの魔法』

理想を書こうにもペンが止まる

こんまり がこう言っていたので、さて自分も、理想の暮らしを書き、そして、「なぜ」を深くしていこうと思った。しかし、困ったことに、ペンが止まってしまった。

はて、私の理想はなんだろう・・・

そうしたら一向に進まないのだ。さて、どうしたものだろう。

・・・・

そんなときに、一つのアイデアが浮かんだ。自分を見失ったときは、他者の幸せを考えてみることだ。他者という鏡を通して自分を、あるいは、自分の理想を見てみよう。そうだ、フューチャーマップを描いてみよう。そう思って、フューチャーマップを描いてみた。

フューチャーマップの描き方は下記記事を参考にしていただきたい。

そして、自分が描いたマップは次のようなものだった。

時間軸は、一日24時間を三分割してある。自分が教員時代にお世話になった先生が幸せに一日を過ごす様子を物語にして、その物語を参考に自分の理想の暮らしを考えてみた。

思いのほか、具体的にこれを食べるだとか、飲むだとか、そういったことは出てこなかった。むしろ、筆者の場合は、「よく働き、よく語らい、よく眠る」といった、シンプルな記述になった。

思えば筆者は、高校時代にソクラテスに憧れ、哲学を志してきたから、あまり飲食に幸せを求めていないのだろう。マップ中に「晩酌、ディナー」と書いてあるのも、どちらかというと、友人と語らって、その中で思索を深めたいのだという思いがあるのかもしれない。

そしてタイトルは「プシュケー(魂)を世話する」となった。ソクラテスのテーマである。それは、ほかの人にはあまり理解されることがないかもしれないけれど、自分にとっては大切なテーマなのだ。不思議と、これが「なぜ」の答えになっていた。よく働くのも、よく語らうのも、よく眠るのも、すべて魂の世話であり、自分の人生のテーマなのだと考えられる。

こうしてみてみると、「理想の暮らしを考える」というのはユニークな作業なのだと気づかされる。

さらに言えば、この「理想」こそが、「ときめき」の判断基準になるのだ。

心がときめくモノだけに囲まれた生活をイメージしてください。それこそ、あなたが手に入れたかった、理想の生活ではありませんか?

『人生がときめく片づけの魔法』

片づけはモノの移動でしかない

こんまり は、その「ときめく」という言葉からの印象でスピリチュアルな人と受け取られるかもしれない。しかし、その実はかなり理性的である。それは、「片づけ」という作業の洞察からわかる。

本来、片づけという行為は、あちのモノをこっちに移動する、こっちのモノをあの棚に収納するという単純作業の連続です。することだけで考えれば、けっしてむずかしいことではありません。それができない、もしくは片づけても元に戻ってしまうというのは、そもそも習慣を継続できなかったり、意識の問題だったり、つまり精神面(マインド面)に原因があるのです。

『人生がときめく片づけの魔法』

確かにそうだ。片づけはモノの移動でしかない。その単純なことができない、ということは、それはマインドの問題である。だから、理想の暮らしを考えて、マインドセットをまず整える。

なんて理知的な、システマティックな方法なのだろう。

筆者はすっかり、感動してしまった。その方法論は、自分が今まで親しんできた、KJ 法や梅棹忠夫2の情報処理技術にも通じるものがある。情報を啓発的にまとめるためには、一つ一つのラベルとの対話が必要になり、その繰り返しが情報の編成を決定づけるのだが、こんまり ではそれがモノとの対話になる。その積み重ねが「すべてのモノが所定の位置に定まっている状態」、つまりは理想の暮らしにつながっていく。

話がすこし脱線したけれども、とにかく、片づけという行為の物理的な一面はすごくシンプルであり、移動なのだと理解すればいい。

もちろん、片づけの細かいポイントは、ぜひ本書を手に取って読んでいただきたい。ポイントの例としては、たとえば、片づけるモノのカテゴリーは

「衣類」→「本類」→「書類」→「小物類」→「思い出の品」

の順に進むのがいい。これは、片づけの効果が出やすい、もっと言えば「ああ、片づけたなあ」という実感が得やすい順になっているようだ。繰り返しになるが、片づけはマインドの問題であり、順番の問題である。早い話、こんまり の本を読んで、その通りにやれば問題ない。

だから、理想の暮らしを描いた後は簡単なのだ。なぜなら、片づけはただ単に移動の問題なのだから。

そして、筆者の部屋も見事きれいになった。確かに、ときめく部屋になった。

さて、それでは before/after を・・・と言いたいところだが、さすがにインターネットに自分の部屋を(それも before の部屋を)晒すのは勇気がいるので、公開はまたの機会にしたい。どのように、どの範囲に公開するかは検討中だ。

ただ、「やってみて分かる」ということもある。ぜひ「この部屋じゃちょっと嫌だな」と思われた読者には、こんまりを実践していただきたい。

きっと、ときめきの魔法があなたにかかるだろうから。

  1. 近藤麻理恵『人生がときめく片づけの魔法』(2019, 河出書房新社) ↩︎
  2. 梅棹忠夫『知的生産の技術』(1969, 岩波書店) ↩︎

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