人は誰も関係の中で生きている。その関係の内、相思相愛と呼ばれる強烈な関係線は世間からの承知があればこそほほえましいのであって、そうでないならば、関係全体を大きく揺るがすものとなる。その揺らぎはしばしば人を殺める。それはたとえば、『源氏物語』における光源氏の母、桐壺更衣のように。桐壺更衣のおかれる関係を紫式部は、物語全体の冒頭にさらっと書き上げてしまう。
いずれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらい給ひける中に、いとやんごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめき給ふありけり1
「ありけり」は『竹取物語』や『伊勢物語』にも見え、人物の登場を示す言い回しである。「いとやんごとなき際にはあらぬ」というのは、たいして重んじられる身分の家柄ではないこと、「すぐれてときめき給ふ」は帝の寵愛を受けること。たいした身分じゃないのに深く愛されてしまう悲しさがもうこの一文に満ちみちと込められている。このことは『源氏物語』の訳業を了えた角田光代が、この物語に向き合っていた最中にみた夢の内容と一致する。
『源氏物語』の、まだ上巻に取りかかっていたころ、どうにも間に合わなくて一か月ほど、某所に缶詰になって、人に会わず、朝起きてから眠るまで、食事と風呂の時間以外、ずーっと現代語訳をしていたときがある。そんなある夜、夢を見た。夢の具体的な内容は覚えていない。でもその夢のなかで、「この先私にどれほどのすばらしいことが起きようと、結局はそれを受ける身分次第だ」とある真実を得たようにはっきり思った。「そして私のこの身分では、どんなにすばらしいできごとも意味がない」と確信した。いってみればそれはエピソードのある夢ではなく悟りと感情の夢で、そう悟った胸の内は、かなしくもなく絶望的にもならず、なげやりとも違う静けさが広がっていた。そこで目が覚め、きっと寝ぼけていたせいもあって、「これは空蟬の気持ちだ」と思い、手近にあった紙にそれを書き殴ってまた眠った。2
「この先私にどれほどのすばらしいことが起きようと、結局はそれを受ける身分次第だ」とある。ここで、「すばらしい」ことの一つに相思相愛を数えてもいいだろうか。だとするなら、相思相愛はえてして切ないものである。もちろん許される身分同士ならなんら問題はないが、そのような関係はドラマとして取り上げられることもない。『源氏物語』に取り上げられる慕情は切なく哀しいものばかりであると言っていいと思う。
そんな切なさ哀しさはさて、物語中どのように表現されるだろうか。それは歌に表れるのだと端的に言っていいだろう。『源氏物語』はそれ自体が一つの壮大な和歌集である。その数ある歌の最初の一首、桐壺更衣から帝へ向けられる愛敬が有名な歌に表れる。
限りとてわかるる道のかなしきに
いかまほしきは命なりけり
定められた別れの道を悲しく思います、私の行きたいのはこの道ではなく、生きていく道ですのに3。桐壺更衣は「行く」に「生く」、生命がある、を掛けて生きることへの執着を読み上げる。ここで「生きたい」という言葉を「あなたと一緒に生きたい」のだと受けとっても何ら誇張ではないだろう。ただしこの、ストレートなラブソングのような純な願いが聞き届けられることはない。桐壺更衣は帝と幼い若宮、母君とを置いて立ち去っていくのである。
遺された者たちは故人を悼む。母君は「同じ煙に上りなん」と、娘を焼くのと一つの煙になって空に立ち上ってしまおうと心乱れる。灰になるのを見届ければいまはもう故人なのだとひたすらに思い込めるにちがいないと、当時の葬送儀礼に反して強引に野辺送りに参加した。若宮、まだ幼かった光源氏は何が起こっているのかまだよく解せないでいる、そのあどけなさが周囲の人をして一層悲しませる。そして帝は、身分を越えて一人の女性を深く愛してしまった張本人なのだが、涙に暮れて朝政も怠るようになる。愛し合った女が恋しい、その思いをやはり歌に託す。
尋ねゆくまぼろしもがな
つてにても玉のありかをそこと知るべく
「まぼろし」は幻術士のこと。玉を、すなわち魂を探してゆく幻術士があってほしいよな、人づてでもその魂の在所をそれそこと知ることができるように。この歌は先に示した桐壺鵜更衣の歌と呼応して、生死を越える贈答歌の趣をもつ。哀切が歌に乗せられることは既述したとおりだが、さらにそれらの歌はしばしばこの呼応関係のように贈答歌として表れてくる。贈ることとそれに答えることが、相思うこと、相愛することを裏付けるのだ。
今回は『源氏物語』の第一巻である桐壺巻について、帝と桐壺更衣の相思相愛とその哀切を見た。これの遥か先、まだ光る君が生まれたばかりで気が早いと怒られそうだが、色々の哀切を経て、源氏の君の最期を語る幻巻についても簡単に言及しておきたい。というのも、帝のまぼろしの歌が、晩年の光源氏の歌とも呼応すると考えられるからである。
大空をかようまぼろし
夢にだに見えこぬ玉のゆくへ尋ねよ
広い空を自在に行き来する幻術士よ、夢の中にさえも現れてこないあの人の行った先を探し出してくれ、と詠む。「あの人」というのは、妻である紫上のことである。源氏の君は父帝の、愛する人への恋慕の様式を繰り返す。そして繰り返すのはそのことだけではなくて、世間から許されない愛をしてしまうこともである。桐壺巻で帝は、亡き桐壺更衣によく似ているという藤壺を妃として迎え入れた。その藤壺を光る君は心中慕い続け、その時左大臣の一人娘である葵上と結婚したばかりにも関わらず、このような理想の人と結婚したいと秘かに心を向けてしまうのだ。