取材活動一般について述べようとするとあまりにも広い話になるので、あくまでもKJ法の関連で述べよう。
川喜田二郎は取材活動についてユニークな技法および概念を次々と創案した。タッチネッティング(ニックネームは「クモノス」、略称 “TN” )、探検ネット(ニックネームは「花火」)、貯金箱、多段ピックアップ・・・と呼ばれるものがそうである。というのも、取材活動についての体系的な知識技術が今までなかったのだ。以下、川喜田二郎が完成させた取材の体系的知識について説明する。
取材はタッチネッティングを行う
川喜田二郎の仕事は民族地理学の研究だった。これらの分野では、異民族の中で暮らし、フィールドワーク(野外研究、略称 FW )を行うことが必須の仕事であったらしい。住民のさまざまな生活ぶりを観察してそれを記録するのである。そういった野外での観察および記録に関する取材活動の体系的な技術がタッチネッティングだ。
A. タッチネッティングの準備
タッチネッティングを行うためには、ブラツキ、座標軸的知識、コンパスおよび調査項目などの準備をしておく。《論理学の用語を借りれば、いわば、タッチネッティングの導入則と言えるかもしれない》
(1) ブラツキ
取材にとって大切なのは、当の課題をめぐる背景を生まで体験しておくこと、つまり原体験だ。下地を作っておくのである。累積KJ法のところでも、ラウンド・ゼロと言うべき段階があったと川喜田二郎は説明している。
(2) 座標軸的知識と同定作業
KJ法は、あらゆる問題解決に共通する一定の手続きを明らかにする汎用的な問題解決学であるが、他方で、課題をめぐる分野の固有技術、すなわち、その道固有の蓄積された知識体系や経験も取材にあたってはもちろん偉力を発揮する。
ただ、これから取材しようとする分野がいつも自分の専門分野であるとは限らない。そこで大切なのは、その分野における「最小限覚えることで最大限に応用しやすいような教養的知識」を手作りしておくことだ。このような知識を座標軸的知識と言う。観察の主要分野ごとに汎用性のあるキーワードを一覧表にしたり、暗記しておいたりするのもいい。
また、言語を持ち、シンボル化の上で抜群の能力をもっている人間にとって、物事に名前を付けること、すなわち、同定作業はそもそも観察を鋭くできる第一歩である。同定作業と座標軸的知識を同時に進めていくことが望ましい。
(3) コンパス
創造的行為は問題提起から始まる。そこで、明確な形で表現した問題意識がコンパスになる。累積KJ法では問題提起ラウンドでコンパスを作ることになる。
(4) 調査項目
コンパスに基づいて、どのようなことを知りたいのか、調査項目をまとめておく。探検ネットでまとめるのがいい。
B. 探検、観察、記録
タッチネッティングの中身は、探検、観察および記録である。
(5) 探検の五原則
探検とは、気になった現場をほっつき歩きながら取材網をクモの巣のように張り巡らせることである。探検は、探検の五原則を意識して行うこと。すなわち、
- 三六〇度の視角から
- 飛び石伝いに
- ハプニングを逸せず
- なんだか気にかかることを
- 定性的データとして集めよ
(定性的データを集めることに関して言えば、世論調査なども、定量的データを取る前にまず定性的データを集めるべきなのだ。)
よい取材源を求めてさまよう中で、問題意識や調査項目について分かりそうな現場が見つかったなら、その現場をめぐって観察および記録をしていくことになる。
(6) 心が動いたときに、さっと写し取る
観察および記録を行うときにも探検の五原則を活用するのがいい。また、この探検の五原則は、さらに約言すれば「心が動いたときに、さっと写し取る」ということになるのではないか。
探検の五原則では、ハッと気づいたときに、さっとデータを取る姿勢が大切だ。そのための手法が点メモ・ラクガキである。常に心を開いて、ハプニングで得た情報もすかさずメモを取るのだ。そのために、観察用の機械器具はポータブルである必要がある。また、定性的データを取るからといって定量的にデータを取ってはいけないということではなくて、定量的なデータでも、簡易に観測できるのなら、遠慮なく、さっとデータを取ればいい。
ここで大事なのは、説明できない曖昧なデータでも、動物的なインサイトに引っかかったなら取るということだ。人間に限らず、多くの動物は自分を取り巻く全体状況を全体として感じ取る能力がある。言葉にできない、「筆舌に尽くせない」体験もあるのだ。探検もそうだが、野外観察には常に曖昧性がつきまとう。だからこそ、曖昧なデータでも取るという態度が重要になってくる。
探検の五原則のうち、「ハプニングを逸せず」と「なんだか気にかかることを」というのを約めると「折にふれて」と言える。有益な発明や発見は、「折にふれて」取った、自然なデータから生まれる。花火日報のデータは、「折にふれて」得られたという自然さのためにデータの質が高くなるのだ。
《観察および記録は、会計では仕訳にあたるだろう。野外観察では心が動いたときにデータを写し取るのだが、会計では、会計等式の主要素が動いたときに、取引を写し取るのだ。》
C. 記録したデータの保存
記録したデータは何らかの方法で保存し、活用しなければいけない。《これは、タッチネッティングを終了する条件ということで、論理学でいう除去則に当たると言えるかもしれない。》
(7) 花火
KJ法でA型図解を組み立てる時間がない中でも、探検ネット、ニックネーム「花火」であれば、簡易的に図解化することができる。データの保存は、点よりも線が、線よりも面が強い。貯金箱でも保存は強化されるが、早めに図解としてまとめておこう。また、花火日報は、自分の毎日毎日の反芻のためばかりでなく、一生の反芻のためにも大切になってゆくだろう。
(8) 四注記とデータバンク
記録したデータはすべて、採集したときの状況とともに記録するのが理想である。しかし、実際問題としてはほぼ不可能なので、四注記を記載する。すなわち、
- とき
- ところ
- 出所
- 作製者
データの永年保存または共同利用のためにデータバンクをつくることもあるが、四注記のデータは、データバンクのルールで管理されたデータを分析するときに非常に役に立つ。
(9) 自然な抽象化の道
タッチネッティングによって得られたデータは、KJ法の元ラベルを提供する。元ラベルから表札へ、すなわち、些細または単純からしだいに統合的・一般的な理解へと進んでいくのである。ボトムアップによる抽象化の道こそ本道である。
このボトムアップの道を進んでゆく中で、データに必然的に内在されている嘘や矛盾は解消されて、真相に近づいていく。このことを川喜田二郎は「天網恢恢疎にして漏らさず」と呼んだ。
些細、単純から出発するという精神は諸所で貫かれている。データバンクの分類項目も、分類とは言え、上から恣意に設定された分類ではなく、下からの自然にできた分類を活用する。また、面接取材をするときも、「例えばどういうことがありましたか?」という風に個別の事柄を聞く質問にすることで、タテマエではないフルマイのデータを得られるようにするのだ。
観察および記録では、データを得ることができても、事実を知ることはできない。事実とデータは違うのである。ただし、事実に根差して現れた「現象」を感知、経験、記録することで、データを取得し、データを組み立てることで真相に近づくことはできるのである。
(われわれは、切れ目のない自然に対して〔切断→圧縮→シンボル化〕を行い、そのシンボル群を組み立ててこの世界を意味のある全体として掌握している。取材とKJ法は、この能力の行使である。また、シンボル化の能力は人間に限らず、おそらく、魚や昆虫でもできることだろう。人間の場合は、さらに言語という、洗練されたシンボル化能力を使いうるというだけだ)
《観察および記録が会計の仕訳に相当するなら、抽象化は集計と財務諸表の作成に当たるだろう》
人道に沿って
取材とは、情報処理の一つの過程であり、そこでは、他人の協力の必要なケースが多い。取材をめぐっては、礼儀をこの上なく大切にしなければならない。四注記は、責任・プライド・礼儀を保証する上でも役に立つ。
面接取材では、相手に自由に語ってもらうのがいい。そのためには探検ネットやKJ法の図解を見せて、説明してから話を聞くのがいいだろう。人間には語りたい衝動がある。それを生かすのだ。
また、人間相手の取材でも当然、探検の五原則が役立つ。ブレインストーミングは、それが取材のための討論である場合、「三六〇度の視角から」という原則に良く適っている。バラエティ豊かな情報源を求めて、多角的に取材を進めていこう。